傘職人 小川氏


モンブランヤマグチさんで仕事をされている職人の方を紹介されて、いろいろお話や傘の作り方などを聞いてきました。
小川さんは77歳になられるベテランの職人さんで、15歳の時に浅草橋の傘メーカーに住み込みで働かれ、
その傘屋さんから離れて2社ほど傘メーカーで働いてモンブランさんでとても高度な傘作りをされています。
15歳当時の働き始めの話をされている時は少年のように目を輝かせ当時の町並みや、月500円の小遣いで一杯6円の
ラーメンや100円のシャツの話など楽しく話していただきました。
昔は親方の元で住み込みで仕事を覚えるわけですから、大変な事も多いでしょうが、その辛さやそこからくる楽しさなど、
話をしていてあっという間に2時間以上経ってしまいました。
自分の師匠である表屋さんも16歳の時に四谷の傘メーカーに住み込みで働き始めたと言ってましたから、
この時代はきっと傘という職業がとても社会の中で大きい存在だったと思います。
それが安い中国のビニル傘の台頭で日本の傘作りが衰退してしまったのでしょうが、まだまだ元気に仕事をされている
ベテランの職人さんがいる間に自分たち若い人たちが傘の伝統工芸を引き継いでいかなければいけないと思っています。
小川さんは傘作りの中で一番大事なことは『裁断』『針打ち』と言われていました。
この二つで傘の全てが決まるほどであると言っておられます。
傘の裁断は職人さんが手作りで木型を作ってカットしていきますが、この木型がとてもやっかいです。
自分はこの作り方を教わらなかったので、もともと自分が袋物を作っていた事もあって、その時に覚えた型を応用して
作って裁断しています。
ほぐし織の傘などは特に裁断が綺麗にできなければ柄が合わなくなるので、本当に難しいと思います。
職人、小川さんの手は傘一筋で作り上げた貴重で素晴らしい手でした。
いつまでも元気で、またもっともっといろいろ教えていただきたいです。
関東縫いのベテラン、小川さんでした。

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